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今日の大切さ

生きている以上、誰かに影響を与え、誰かの影響をうける。
その真理は、あまり意識しないし、あまりにも当たり前にそこにある。

何のために仕事をしていたのか、そしてそれを続けていくのか。
半分以上はお金を得るため。生活に不自由がなければ、働いていないかもしれない。

ただ半分より少ないかもしれないが、何かを成し遂げたい、という想い。
時に狂信的に、そこに向かっていた自負もある。

その目的・目標が大きく、高く、自分にとって大切であればあるほど、
その周りでは摩擦がおき、軋轢を生む。

それを融和する、抑えこむ、もしくは回避する。
そこにあるのは正義だろうか。もしくは正義を振りかざすだけの、盲信だろうか。

自分独りでだって充分な満足を得られる。それは楽しい。
けれど、その場所に向かいたいと思える人と、
時を同じくして挑めることの計り知れない愉悦とは、比べるべくもない。

だからこそ、誰かと共に働くことを選択し、そこに身をおく決意をしているのではないか。


今日を前にして、自分のこれまでの振る舞いについて、
強制的に省み、かつ猛烈に反省しなくてはならないことがあった。

粗暴、粗雑。
自分が思っている以上に、誰かを傷つけているのだとしたら。

自分の向かうべき道に、雪が覆いふさがっていたら、どうするだろう?
除雪するか、氷塊させるか、春を待つか。

ただひとつの正解はないのだろう。
ただどの方法であっても、自分を含めた誰か、もしくは何かが影響を受ける。

その影響が思いの外大きかったという衝撃。
もしくはその影響を極端に過小評価していたかもしれない、という無知。

仕事ができないと評価されること以上に、
自分が萎えさせられることもあるのだと、正直改めて思い至った。

それでもなお、想いを共感し、信頼できる仲間がいる。
より一層改めて、今日を喜ぶ。



Feel it * 20:08 * comments(0) * -

オートスポーツにおける重要な何か

2014年 F1 V6ターボエンジン、人工的にエンジンサウンドを増幅?(F1-Gate)


次世代自動車が一般的になった未来。
きっと、聞こえるか聞こえないかほどの、小さな、しかし甲高い電子音だけが、サーキットから聞こえるレースを見ることになるのだろうか?――。

オートスポーツに興味がない人には分からないだろうけれど、オートスポーツを生で体験することの醍醐味たるや、テレビなどの映像で見ることの比ではない。
それは、ライブであることの他のスポーツとの決定的な違いが、見る(見える)こと以外のところにあるからだ。

それが「音」と「臭い」。

例えばサーキットでは、目の前を駆け抜けるマシンの発する爆音で、周りの人と会話することが難しくなる。
排気管から発せられる排気とそれに混じるオイルの、そして路面とタイヤが摩擦して発する焦げたゴムの臭いが、日常と切り離された異世界を演出するかのように、サーキットを包む。

それらを感じられないオートスポーツは、果たしてレースの着順という最も必要な要素とは別に、どのくらいの魅力があるのだろうか。
しかし映像で観る場合、臭いは伝わらない。これだけは仕方がない。
しかし、世界的映像視聴者を誇るF1では、テレビの前で画と音に魅了される人々を落胆させることはできない。
F1サウンドと言われる、言わば産業工芸品の最高峰であるところのF1エンジンから奏でられる独特のエンジン音だけは、まさにオートスポーツを体現する大事な要素の一つ。

来年のレギュレーションでは、新しいエンジン(V6ターボ)規格を採用することが決まっている。
現行のV8エンジンとは異なるサウンドになることは間違いないが、小さく抑えられることになる「音」に、疑似的にでも伝わるものにしたいと手を尽くし、神経を使うことからも、オートスポーツにおける『音』の重要性が分かるというものだろう。


Sports * 18:06 * comments(36) * trackbacks(0)

小林可夢偉はチャンピオンになれる。けれど乗れなければ何もない。

F1に触れないままシーズンが終了し、序盤あれだけ混戦で面白かった今年のF1シーンも、結局終わってみればレッドブルとベッテル選手の3連覇という幕切れだった。

なんと言っても、可夢偉選手が母国日本GPで3位となり、初の表彰台を獲得した素晴らしいシーズンだった。
「小林可夢偉」というドライバーは、これまで築き上げられてきた日本人ドライバーの系譜の中で、ようやく優勝そしてチャンピオンになれる匂いそして、期待が持てる逸材だ。

しかし、そんな可夢偉選手でも、F1マシンのコックピットに収まっていなければ、何もできない。
今シーズン大きな成長を遂げ、チームにも大きく貢献してきた可夢偉選手だが、ザウバーは来期のシートを用意しなかった。

来期の去就について、非常にやきもきするところだが、必ず彼の才能を買ってくれるチームがあるはずだ。
彼はいつもあきらめずに、今できることを冷静に分析して、最大限の努力をする。

小林可夢偉、「KAMUI SUPPORT」27日時点で6500万円以上の募金
(F1-Gate.com)


東日本大震災の際に、彼はすぐに基金を設置し、現役ドライバーに声をかけてくれた。
そうして賛同してくれたF1ドライバーが、日本を心に留め、メッセージを発信してくれた。
おかげで、ヨーロッパやその他のモータースポーツが熱狂的な地域に、日本の現状を知ってもらえた。
同時に、多くの義援金も集められた。

そんな可夢偉選手だからこそ、彼の現状に対して、たくさんの人たちの応援したい気持ちが集まっているのだろう。
こうした個人による支援金活動というのは、ドライバーとしては異例だ。
いや、そもそもスポーツ選手としても例を見ない。
それでもなお、短い時間でこれだけの支援が集まるのは、彼が特別な存在だからだ。

F1に乗ってなければならない。乗せてあげなければならない。
日本人が初めてF1のポディウムの頂点に立つために。その夢、その日のために。
彼なら、それを実現してくれる。

小林可夢偉選手というのは、そういう特別な存在だ。


是非、可夢偉選手をサポートしてください。
KAMUI SUPPORT

KAMUI SUPPORT

Sports * 20:14 * comments(29) * trackbacks(0)

COMPLEX 「日本一心」 義援金寄付 =最終報告=

復興予算が被災地と関係のないところで使われていた、いわゆる「流用」問題について、怒りを通り過ぎ、その矛先をどこに向けていいものか、そして、ここまで堕落している政治の現場について、どうしたら意識を変えて、本当の意味で国民の側を向いて判断・行動してくれるものかと憂うほかに、その解決に何が必要なのか、考えさせられてしまう。

かなり危険な物言いであることを承知で、あえて言わせてもらえば、いっそのこと、かの大震災は「東京」でこそ起こるべきだったんじゃないか。

あなたたちの家や家族や、その他多くの大事な、一生かかっても決して取り戻せない何かが失われたとき、そんな悠長なことを本当にやっていられるだろうか?

過去の有事と比較しても最大級ともいえる国の危機に直面し、日本国民がみな同じ方向を向いて、東北の皆さんへ、日本の未来へ投資したい、自分のできることから支援したいと思っている、まさにその中で、何故あなたたちだけが、そのことを理解できず、的外れな判断を下せてしまうのか、正直理解しがたい。


わたしたちができる一つの解は、
こうしたことを初めから理解している人と意を同じにし、行動を起こすことだ。
そして同時に、徹底的にこうしたことに異を唱えつつ、自分の判断で行動することだ。


2011年7月30日、31日に東京ドームで行われた、「COMPLEX 日本一心」復興支援ライブにおける収益と義援金寄付について報告があった。
予てから、吉川晃司さんは集めることのみならず、その使い道について、必要なところにきちんと届けるところまで責任をもって行う、という発言をされていた。
報告まで含めて、それを体現されているということだ。

COMPLEX「日本一心」における
東日本大震災被災地への義援金寄付に関するご報告(4)

「VOICE of KIKKAWA」(K2 NET CAST)


金額部分だけ抜粋すると、このようになっている。
COMPLEX 義援金

一目見て、その多くが子供のために使われていることが分かる。

「負の遺産を子供たちに押し付けたままではいられない」

繰り返し発せられた言葉。正直に、そして全うしたい思い、違わない行動――。
そのことが何より嬉しかった。


COMPLEXの再始動は、日本のミュージックシーンにおいて歴史的なことだったと言っていい。
けれどその事実は、わたしたちに青春時代の郷愁や、今後もう見られないプレミアム感だけを提示したのではない。
そこに参加する一人ひとりに、ただ単に歴史の承認者としてだけでなく、その意味するところを明確に示し、一人の力の意義を伝え、起こってしまったことに対して考え、行動する場と勇気と、そして仲間(同志)を与えてくれたのだ。

わたしたちは、ひとりじゃない。
一日でも早く、震災の被害にあわれた方々が、安心して眠れる日が訪れるように――。


Feel it * 20:02 * comments(33) * trackbacks(0)

最初で最後と銘打たれた「尾崎豊展」開催

尾崎豊展

明日(9月7日)から、ラフォーレミュージアム原宿にて「尾崎豊展」が開催される。
尾崎豊―1965.11.29-1992.4.25―|YUTAKA OZAKI SPECIAL WEBSITE|新潮社


20年経った今でも、こうした形で尾崎豊さんの息づかいを感じたいと思うファンがいる。

わたしは、プライベートも含めた彼を知りたいとか、彼の言動すべてを受け入れたり、肯定したり、その活動の記録を余すことなく目にしたいと思うほど、熱狂的なファンではない。
けれど、この展示には魅力を感じる。


1991年。
わたしは生前最後のツアーとなる「BIRTH」の横浜アリーナに参加している。
彼のツアーに初めて参加し、その熱狂の渦の中にいたわたしは、普段とはまるで違う精神状態だったのか、鉄柵を乗り越えんばかりの暴れようで、警備スタッフと揉みあいになったのは、今ではいい思い出だ。(笑)

1992年。
それは突然のことだった。ライブツアーが終了してたった半年。
アルバイト先で彼の死を伝えられた(聞いた)情景を、そしてその時の感情を、今でも触れられるほど鮮明に、憶えている。

そういう方がきっとたくさんいることだろう。


8月29日には、ライブ音源をまとめた「LIVEBEAT BOX」がリリースされた。
今でも根強いファンが彼を求め、そして新しいファンが彼を知りたいと望んでいる。

【送料無料】LIVEBEAT BOX [ 尾崎豊 ]

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価格:10,000円(税込、送料別)



Music * 17:17 * comments(23) * trackbacks(0)

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